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まもなく開催の勉強会

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長谷寺 Part1

10 分前
読了時間: 7分

大国様と初めてお会いしてから35年ほど経ちますが「そろそろ長谷寺に来てくださいね」と時々お声がけいただきます。なぜお住まいの出雲大社や出雲大神宮ではないのでしょうか。もちろん遠方ですぐには伺えないと言うこともあります。最初に「だいこくと呼ばれています」と拝聴した時、七福神に登場する、頭巾を被って福袋を担ぎ右手に打ち出の小槌を持ち米俵に乗ったお姿を思い浮かべましたが、髪を両側で束ねて結い、白っぽい服に紐のような帯、そして首飾りや手首足首にも飾りがあり、目の覚めるような美形で男らしく逞しいお姿は、日本列島で稲作や国づくりが本格化した弥生時代として小学校で学んだイラストそのままです。そのお姿のまま秘書の肩の上にちょこんと乗っかっているのです。初めて池袋の定食屋でお目にかかった時にはあまりにびっくりして、思わず「大国様が肩の上に乗っている」と叫んでしまいました。秘書は蜂にでも刺されるかのように慌てて両手で振り払おうとしていましたが、大国様はAI動画のように光ったままびくともせずに笑っていらっしゃいます。秘書に訳を話しても全く理解できず、暗い道を歩いてきた時に連れてきた浮遊霊と同じ感覚でいるのが私のツボに入りました。それから現世での生活のうえで注意すべきことなど細かく教えていただきました。特に節分の豆まきをきちんと行うなど、国民の祝日には大国様自ら正装をして見本を見せてくださいます。またお客さまへのアドバイスをいただいたり、鑑定する場としての事務所を今なお清めてくださっています。


北海道出身である秘書の先祖も島根県であり、同じ血を引いていることも判ってきました。


大国様は元々出雲大社のご祭神ですが、インド、ヒンドゥー教の破壊神マハカーラ(偉大な暗黒)の大黒天と同じ名前なのでいつしか同一視され、五穀豊穣、縁結びの神として、室町時代京都で生まれた七福神信仰にも登場しました。仏教の教えにある「七難即滅、七福即生」(7つの災難が消え、7つの幸福が生まれる)と言う思想を背景に日本・中国・インドの神仏で作られた庶民信仰のオールスターです。七福神詣りは江戸時代から縁起の良い正月行事として庶民の間で大流行しました。日本からは恵比寿様が唯一選出されていますが、大黒様と合わせて「恵比寿大黒」と言われています。恵比寿様は事代主命(ことしろぬしのみこと)と同一視されているために、親である大国主命とセットで農業(大国主命)漁業(事代主尊)を司る縁起のいい神様として信仰されてきました。


大国様のご容姿はインドの恐ろしい破壊神に日本の大国様のお優しさが加わって何ともユーモラスな仕上がりとなり、ご子息様の事代主尊とセットで福の神として信仰されています。


その辺の曖昧なご事情を大国様にお聞きしてみると「みなさんが参拝してくださることがとても嬉しいですし、正月行事の一翼を担っているのもとても光栄です」と謙虚に仰っていました。さすが神様は心がけが素晴らしいと妙なところに感心してしまいました。


お会いしてしばらくしてから、「鎌倉の長谷寺というお寺にいらしてください」とお声がけいただきました。


秘書は、だいこくさまとお聞きして、お腹の出た色黒のふくよかなお姿を想像していたので、長谷寺の大黒様を見ても何ら不思議に思いませんでしたが、大国主命様は「私はこんなに太っていないし、不細工ではない」と我慢ならなかったようで、思わず口にされてそれがとてもおかしく、神様に申し上げては失礼ながら可愛らしく感じました。


ところで長谷寺の観音ミュージアムに収蔵展示されている「出世大黒天立像」は最新の調査により制作年代の判明する大黒天像の中では、東日本最古であると見解が示されました。大国様がここを指定されたのはそんなことが関係しているのかも知れません。


出世の冠が付くのは、元々インドのマハカーラが最高神シヴァ神の化身として破壊や軍神としての力を持っていたところに大国主命のお優しさと、国造りと称して天下統一をされた業績にちなんでいます。


長谷寺は大国様をとても大切にしていて、「鎌倉・江ノ島七福神」の一員でもあります。また毎年9月26日には「大黒天縁日祈願祭」が執り行われ、開運や商売繁盛を祈る人々で賑わうそうです。


それで大国様から「いらしてください」と定期的にお誘いを受けるのでしょう。


その日はゴールデンウィークを間近に控えた4月の平日でした。以前は東京駅まで行き、そこから横須賀線に乗り換えていたのですが、今ではお隣赤羽駅で上野東京ラインか湘南新宿ラインで直通です。本当に便利になったものです。今後上野東京ラインが川口に停まるようになるとまさに直通になります。


大国様にお導きいただいたような夢のアクセスです。


赤羽で上野東京ラインに乗り込んで、今回は奮発してグリーン車にしました。ちょっとした小旅行気分です。


グリーン券もアプリで買うことができとても便利になりました。


鎌倉から江ノ電に乗り換え長谷駅で降りましたが、ものすごく混雑していて特に外国人が増えた印象があります。ひと昔前でしたら同じアジア人が多かったのですが、今は欧米人が多く目につきます。


皆さんリラックスしていて、心から日本をのんびりと楽しんでいる様子で、こちらまで嬉しくなりました。


長谷駅に着いてまずは腹ごしらえと思い周りを見渡しました。いつもならお豆腐屋さんか懐石料理のお店で食べるのですが、駅前に新しくご飯屋さんができていて、「本日、朝獲れ生しらす丼」と言うポップが目を惹き迷わず入りました。



店内は古い木材がそのまま使われて、折りたたみ式の大きな窓からは潮風が吹き込んできます。サーフボードが飾られ、いかにもセンスのいい湘南のお店と言う雰囲気でした。

運ばれてきたしらす丼は、地元のスーパーで買うようなねっとりとしたものではなく、パリパリとした食感でした。まさに水揚げしたばかりというような新鮮さで、磯の香りを塩味として頂きました。



腹ごしらえをして全身に力が漲ってきたところで、昔ながらの細いバス通りの歩道を、向かってくる人を避けながら進みました。小さな土産物屋さんや食べ物屋さんを見ながら歩くのでいつも時間がかかってしまいます。

信号を左折すると、参道のような広い通りが続いています。途中には昔ながらの土産物屋さんや懐石料理屋さんがあり、その先には最近できたオルゴール屋さんや抹茶スイーツの店が並んでいます。

後ろ髪を引かれながらも、ようやく赤地に黒で長谷寺と書かれた山門に到着しました。「赤提灯の門」と呼ばれる山門に大きく斜めに伸びる「門かぶりの松」がシンボルとなっている非常に絵になる四脚門(しきゃくもん-本柱の前後に四本の控柱で支える格式高い門)です。鎌倉市内でも有数の撮影スポットとなっています。



山門の前で、あるご夫婦がこちらを見て微笑んでいるのに気づきました。


20年以上前に亡くなった秘書のお父様と昨年秋に亡くなったお母様です。懐かしい姿にびっくりして、どうしたのですかと伺うと「今日は、進(秘書)に招待されて来ました。一緒に声をかけてもらって嬉しかったです。楽しみにしてました」とのことでした。秘書に聞いてみると「ああ、そうでした。長谷寺はとてもいいところなので、お父さんお母さんにも見てもらいたかったなあとふと思っていました」


秘書の魂が両親に呼びかけ、お誘いしたのです。めったにない現象なのでとても勉強になりました。それだけ強い思いは亡くなった家族、ご先祖さまをも動かすのだと。そして親孝行は決して生きている間だけではないのだということも。私がご両親に初めてお会いしたのはもう30年以上前です。その時お会いしたままの若い姿でニコニコしています。


チケットを買い門を入ったところで、私たちは右手にある大黒堂と銭洗弁天様の方へ向かいました。



一方、秘書のご両親は「私たちはこれで」と左手の池に向かいました。

お二人のマイペースぶりは生前からで、いつも好きな方へそれぞれが向かうのです。



ひと通り参拝させていただき、上にある観音堂に向かおうと私が近くの階段を登りかけた時、秘書が「私は池の向こう側から行ってみます」と歩いて行きました。そちらには秘書のご両親がまだ池と季節の花を眺めていました。秘書が知らないうちに親子三人が同じ景色を眺めているのです。とても平和で温かい時が流れて、三人をぼおっと光のドームが包んでいるのを見ました。しばし光の中に身を委ねたあと、「それでは私たちはここで。またお会いしましょう」とこちらに深々とお辞儀をしてふっと消えていきました。


家族の絆は現世ばかりのものではありません。


亡くなった方、または遠くて中々会えない方に時々は思いを馳せてください。もちろん壁の向こうにいるご家族、またはまさに今隣にいらっしゃる大切な方にも心で触れてください。きっとあなたの愛が伝わるはずです。


世界が平和でありますように。


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