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まもなく開催の勉強会

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水潜寺

秩父華厳の滝(けごんのたき)上に鎮座されている空滝不動尊不にお会いしたあと、「満願の湯」に戻るまで、実はもう一つお寺に参拝させていただきました。不動明王様がいきなり滝の上にいらっしゃるのは不自然な気がして、近くの寺院が管理してるのではないかと思いMAPを広げました。道の先に「水潜寺」と表示されたのでここかと思い歩き出すとMAP上では遠くなり、ほんとうは駐車場から満願の湯まで戻る途中にある事がわかりました。

ところで地図をよく見ると、華厳の滝の近くにもう二つ滝があります。「上空滝(かみそらたき)」「不動滝(ふどうだき)」です。この三つの滝を合わせて「日野沢三滝(ひのざわさんたき)」と呼び、皆野町の整備事業によりこの3つの滝を観光名所にしたそうです。特に不動滝は滝下の岩場に不動明王が祀られ、その昔修験者が滝行をしたと伝わる歴史ある滝でした。



「滝行」とは密教や修験道における精神修養である「水行」のひとつで、寒さや水の衝撃に耐えながら経を唱え、精神の浄化、雑念の払拭、精神力•自信の向上を目的とし、自然と一体化する事で心身を鍛える神聖な儀式として、空也(くうや-903〜972年は、平安時代中期の僧侶。日本で初めて庶民に「南無阿弥陀仏」の念仏を広く伝えた民間念仏の祖)や空海(くうかい-774〜835年は平安時代初期に活躍した日本の高僧。唐-中国に渡り密教の奥義を学び、帰国後「真言宗」を開く)と言った高僧の伝承地などで行われてきました。特に滝行は激しい怒りの表情で衆生を救う不動明王の教え(不屈の信念)を体現するため、滝の側に不動明王を祀っている事が多いそうです。なので以前拝見した文の中に「もともと滝の近くにあった小さなお不動様をベースに作ったそうです」と言う一節がここに繋がってきます。あの空滝不動尊のご尊顔には滝行で自己開発する事を促す激励の力が溢れていたのです。

それで近くにお寺がないか探し、華厳の滝から少し戻ったところに見つけたのが経緯です。


秘書に運転を頑張ってもらい、狭い道を戻りながら進むと、見落としそうなくらい小さい「水潜寺」と言う看板を小径の端にようやく見つけました。そこは駐車場の入口です。360度見渡しても建物や仏像の姿は見えませんでした。今まで伺った秩父の神社仏閣は遠くからでも建物が確認でき、存在感を放っていますが、ここは実在するのかと不安になるほど山の中です。駐車場の端から小さい沢のような窪みに石が敷かれていて足場になっています。

その横にやはり細い小径がありました。二股に分岐するきわに「日本百観音結願所」と言う石碑が建っていました。その時情景も大きさも違うのですが、なぜか昨年の今頃参拝させていただいた京都の「大原三千院」を思い出しました。冬枯れした木々や坂道手前の石碑などからぱっと思い浮かびます。あの「往生極楽院」の金色に輝く阿弥陀如来様のご尊顔や、四萬部寺の梵字を思い出し、少しずつ点が線として結ばれてきそうです。



ただ有名な寺院と違い拝観料を支払う立派な受付はどこにも見受けられません。替わりに左の坂道をずらりと並んだ石像が迎えてくださるさまは、荘厳を通り越して、なにか自分の過去の行動を細かく審議されているような不思議な緊張が全身に走ります。

ところで「日本百観音」とは何でしょうか。


【日本百観音(にほんひゃくかんのん)とは、西国三十三箇所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所を全て巡拝する観音霊場である。結願寺は秩父三十四箇所の三十四番水潜寺である。巡礼者は全ての札所を巡拝し終えて結願すると、善光寺(長野県長野市の元善町の無宗派の単立仏教寺院)および対の寺と言われる北向観音(長野県伊那市上田市別所温泉にある天台宗の寺院)に「お礼参り」をする事が慣わしとされている(上記2寺を参拝して結願とする場合もある)。

長野県佐久市鳴瀬の岩尾城跡にある大永五年(1525年)銘の石碑に「秩父駅三十四番 西國三十三番 坂東三十三番」と掘られており、これ以前に日本百観音巡礼が考案されていた事が判明されている】(Wikipediaより)


秩父名爆の華厳の滝の手前、通り過ぎてしまうようなひっそりとした場所に日本百観音の結願所と言う大役を担った寺院があるとは今まで存じ上げませんでした。いえ、実際に何度も脇を通りながら気が付かずにいた事を神仏にお詫びしました。

【水潜寺(すいせんじ)は埼玉県秩父郡皆野町にある曹洞宗の寺院で、山号は日沢山と号する。本尊は千手観世音菩薩。秩父札所三十四観音霊場および日本百観音霊場の「結願」の寺である。観音堂近くに水潜りの岩屋と言う岩窟があり「長命水」と言う水が湧いている】(Wikipediaより)


現在では岩屋は崩落の危険があるため潜ることができませんが、湧き水が本堂近くまで引かれており、水を汲んで手を清める事ができます。

その日は時折り雪が散らつく底冷えの曇り空でしたが、土曜日と言う事もあり、もっと参拝客がいると思っておりました。しかし、広大な敷地には私たちだけしかおらず、寂しさより怖さが押し寄せてきます。こんな広い山の中に人間は私たちだけ。本気で荒れ狂えば人の命さえ奪いかねない自然の脅威に、お寺と言う死を身近に感じる施設が更なる恐怖を掻き立てます。

「道が2つもありますよ。どっちにいこうかな」私の心の葛藤など全く知らぬ存ぜぬの秘書は呑気に楽しんでます。テーマパークのアトラクションではありませんよ。しかも「参拝順路」って書かれた看板があるのですから。



広い敷地に建物がたくさん建っていて石像もずらりと並んでいます。奥には枯山が陰鬱な雲との境目なく続いています。よく見ると岩肌が露わとなって山というより崖のようです。

しかもこの岩は非常に貴重なもののようです。

【水潜寺の石灰岩体は泥岩中にチャートなどと共に混在したものですが、これは海洋プレートが海溝に潜り込むとき、岩塊がバラバラになって泥と混ざってできたもので、「メランジュ」(混在岩)と呼ばれます。約2億年前に大洋で生まれた岩石が、人々の信仰によって大切に守られ、秩父の大地の成り立ちを静かに物語っています】(ジオパーク秩父HPより)


ジオパーク秩父と聞いてあっ、と思いました。

華厳の滝上の不動明王に参拝させていただきた時、同じジオパーク秩父の看板があったからです。

そこには「秩父華厳の滝のメランジュ」と題して次のように書かれていました。「古い時代の地層(秩父帯)に刻まれた日野沢の険しい谷(華厳の滝)は落差12mの崖(チャート:東西2kmのブロック)を流れ落ち、昔は(下空滝)と言った。泥岩の中にチャートや石灰岩が混じっている。プレートが海溝に潜り込む時にできたもので(メランジュ)と呼ばれる」

【地質学におけるチャートとは、水晶と同じ二酸化珪素が海底に堆積してできた、硬くて緻密な岩石です。約5億年前から生きている、放散虫と呼ばれる0.2mmのとても小さなプランクトンの骨格が含まれるものが多くあります。放散虫は時代ごとに形態が異なっており、さらに広い範囲で出産することから、その時代を特定する「示準化石」として優れています。西秩父にそびえるノコギリ状の両神山(りょうかみさん-埼玉県小鹿野町と秩父市の境に位置する1,723mの山、日本百名山のひとつ)は東西約8km、幅2〜3kmにおよぶ巨大なチャートの岩体です。硬い岩石であり、侵食に強いためこのような山容をつくったと思われます】(ジオパーク秩父HPより)

チャート5億年前、メランジュ2億年前と聞いて気が遠くなります。人類の誕生が約700万年前と言われていますから、遥か昔などと言う言葉では表現できない程の生命の証がこのお寺にも、あの滝の上の山にもあるのです。私が神社仏閣を案内する時に「この山自体がご神体です」と言う表現をよく用いますが、この話を聞くとさらに深く確信を持つことができます。


さて長い小径を登るとお地蔵さまが六体出迎てくださいます。地蔵というと吹きさらしのイメージがありますが、きちんと屋根が付いていて安心しました。1番右の建物が本堂である観音堂です。その奥に聳える岩窟は水潜りの岩屋でしょう。



華厳の滝と同じく、ドクッ、ドクッと脈打っています。手前に水かけ地蔵と書かれた案内があり、側に水が流れています。気づかなかったですけどこれが岩屋から流れている「長命水」でした。私は飲みませんでしたが、秘書も飲まずにお地蔵さんに水を掛けていました。本堂でご挨拶させていただき、隣の納経所に向かいました。



表から参拝しようと思ったところ、秘書がずんずん入っていき、びっくりしました。秘書は本堂で「寄付のお願い」旨の張り紙を見て迷わず向かったのでした。その時、人の気配が全くなかったお堂の奥からご住職が出てこられました。人気のない広大な敷地の隅々まで血液を送り出す心臓のような血色の良い生命力に満ち溢れた方でした。まずは「今日はとても寒いですね。雪になりそうですが大丈夫ですか」と尋ねると、「いえいえ、札幌の大雪に比べるとこちらは無いに等しいです」と返ってきました。「このような大きな建物では寒くて大変ではないですか」と言うと、「いえ、食事をいただく時に火を使いますのでそれで充分です」ときました。絶対に大変だとか困ってますと言う返答が帰ってこない事に驚きました。仏教の修行でしょうか。それともご住職の人徳でしょうか。自分の周りの方たちの会話を聞き慣れているので、驚くと共に感心しっぱなしでした。幾許かのご寄付をさせていただき、時間の関係上帰路につきましたが、他にも百観音結願堂、仏足堂、七観音と見どころが多すぎて一回の参拝では足りません。また必ず寄らせていただきますとご住職に告げました。百観音の結願所にしてメランジュの巌窟、これはパワースポットなどと言う言葉では言い表せないほどの力の根源です。

しかも今年は午年です。秩父34の観音霊場(札所)で12年に一度、「ご開帳」と言って、普段は閉ざされている御本蔵(秘仏)の厨子(ずし-戸棚や箱)の扉が一斉に開かれ、直接お姿を拝見できる特別な伝統行事のある年です。今年を逃すと次回は2038年になってしまいますので、機会がありましたらぜひ訪れてみてください。


そして、冷えた身体を温めようと満願の湯に寄り、玄関で写真を撮ろうとしたその時、また携帯の画面がぐるぐると回り始めびっくりしました。その時は回ったまま、ぷすんと元に戻りました。

ドキドキしましたがこれはまた何かのお知らせと思い今後の展開が楽しみになりました。


世界が平和でありますように。


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