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まもなく開催の勉強会

椋神社(むくじんじゃ)

更新日:16 時間前

椋神社の存在を初めて知ったのは昨年3月、蓑山にある善女龍王雷電神社に参拝させていただいた時、案内に「椋神社が管理している」とありましたので、いつかご挨拶に伺わなければと思ったからです。あれからかなり時間が経ってしまいましたが、今年最初の参拝先は、こちらにさせていただこうと決めました。

1月半ばの土曜日は晴天に恵まれ寒晴と言うより、むしろ冬日和と言ったほうか良い暖かさでした。

昼過ぎに出かけたので渋滞はほとんどなく、すんなりと秩父までやってきました。

「椋神社」をナビで表示しましたが、道を間違えてグルグル回りようやく着きました。

 

【椋神社(むくじんじゃ)は「延喜式神名」に掲載された武蔵国秩父郡の式内社である。同名社が秩父郡市内に5社を数えいずれの神社にも式内社と称する事を赦したと言う】(Wikipediaより)

 

同じ名前の神社が5つもある!思わず眩暈がしました。

もう一度、善女龍王雷電神社のHPを確認すると、管理しているのは皆野町の椋神社でした。

ここは吉田町になります。

とりあえず、今日はこちらにご挨拶させていただく事にしました。

神社は通常山や小高い丘に建立されたり、海や湖など絶景に溶け込むように佇んでいる場合が多いのですが、ここ吉田町の椋神社は広大な広場にあり、学校の校庭のようなイメージでした。



後で知ったのですが、この神社では毎年10月第2日曜日に「龍勢まつり」(りゅうせいまつり)と言う国の重要無形民俗文化財が開催され、9万人近くの人で賑わうそうです。

それで広大な敷地にも納得しました。

本来であれば本殿正面に2つの鳥居があり、そこから参拝にあがるべきなのですが、私たちは本殿向かって右のロケットが打ち上げられる広場にある鳥居から入ったのでした。巨大な鳥居も真新しい社標も最近作られたものだと感じました。

右端に櫓があり、この上からロケットを発射するのかと思いましたが、少し離れたところに発射台がありました。電気の送電塔のような形です。

こちらの櫓はその上で太鼓や笛を鳴らし、口上を述べるそうです。店も出て本当にお祭りのようです。そんな状態ですから広大で起伏のない土地が最適なのでしょう。まるで子ども向け工作番組のような仕掛けが400年も前から考えられていたとは驚きです。

隣には高く聳えた木が2本、しめ縄で結ばれています。これが椋神社の名前の由来である椋の木かと思いきや、御神木の夫婦くぬぎ(めおとくぬぎ)だそうです。祠は両神神社で、本殿のご祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命のご夫婦です。大切な方とご一緒に参拝されるととてもいいですね。



その後は社務所に寄り御朱印と白龍の縁起の良い暖簾をいただきました。4時を少し回っていましたが、快く対応していただき感激しました。

その時に「御朱印の領収書をください」と言う声が聞こえてきてびっくりしました。

色々な考えがあるので私があれこれ申し上げるべきではありませんが、「お参りの証としていただくもの」と捉えれば、そっと胸に秘めておくのが良いでしょう。神様と心を合わせた時間を事務的に処理する事に私は少し抵抗があります。

その後拝殿に回りご挨拶させていただきました。

社殿は綺麗な朱色というより赤色でした。昨年お邪魔した部田神社(へだじんじゃ)に似ています。



拝殿右手には境内社として「八幡宮」が置かれていますが、これは秩父平氏の子孫に当たる秩父十郎武綱(ちちぶじゅうりょうたけつな)が館の鎮守社としていたものだそうです。

建築も装飾彫刻も、そしてそれらを包む建物自体も、どれも目を見張るほど素晴らしいです。

このような建物が邸宅の敷地に置かれていたとは驚きです。



参拝後、一の鳥居まで降りて見上げると石段があり、坂になっている上に木々が囲んでいるので鎮守の森をイメージしますが、いざ上がってみると広々とした敷地が目を惹きます。

その後は奥長瀞渓谷にある「満願の湯」で名物の滝を眺める露天風呂と、地元食材を使った料理で癒されました。

 

しかし、その後ある顔がパッと目の前に現れました。立春を過ぎたある夜の事です。夕食後、事務所のソファで気を抜いている時、突然目の前に半透明のお姿で現れたのでギョッとしました。目玉が左右上下に動いている白目が目立つ大きな目、同じように上下になっている牙、そして鳥のフンが乗った頭、以前お邪魔した「満願の湯」の先にある滝の上に設置されている仁王様だと、すぐにわかりました。

これはいかなければと思い、2月の立春過ぎに再び訪れました。

 

そして今回は「善女龍王雷電神社」を管理している皆野町の椋神社に参拝させていただきました。途中までは吉田町の椋神社と同じ道を辿るために、間違えてしまったかと思うほどです。また吉田町の椋神社と同じような大きな赤い鳥居が出迎えてくださり、ますます混乱してしまいました。



しかし、二の鳥居はその奥に趣のある木製で、周りの木々ととても調和していました。狛犬はありませんでしたが、鳥居の前にはスタイリッシュな赤いガス灯があり火が灯るとまた幻想的な景色が思い浮かびます。拝殿は落ち着いた色合いで右隣には高床式が目を引く護国寺があります。



ここ皆野町椋神社は獅子舞が有名で、鎌倉時代に起源を持つ三頭立てで、「ササラ」と言う竹製の道具をすり合わせながら舞うので「ササラ獅子舞」と呼ばれ、埼玉県の無形民俗文化財に指定されています。毎年の10月8日の例大祭に奉納されているそうです。吉田町の椋神社では毎年10月の第2日曜日に「龍勢まつり」が開催されるので、この辺りはさぞかし賑やかな雰囲気に包まれる事でしょう。

ご挨拶させていただいた時に「またお会いしましたね。遠くまでありがとうございます」と心に響いてきました。声が聞こえるのではなく、自分の心(霊)に直接アクセスされる感じです。しかし、それがどちらの神様なのかわからないくらい、この神社ではたくさんの神様をお祀りしています。祭神だけでも猿田彦命、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)の三柱。



境内社になると太宰府天満宮や金刀比羅大神、秩父彦大神など多数です。

本殿の右側に至っては数えきれないほどの石祠が並んでいます。菊利姫、高良玉垂大神。その中に昨年3月にお邪魔した美の山公園の雷電大神、善女龍王大神のお名前も発見しました。それで善女龍王様だと確信しました。

お相手は神様なのでとても畏れ多い事ではありますが、存じ上げている神様の名前をお聞きすると、とても懐かしく親近感が湧きます。また善女龍王雷電神社を椋神社が管理しているとお聞きしていましたが、たくさんの祠の中のひとつだと思うと少し意外でした。

よくお客様から「同じ神様を祀っている神社がたくさんありますが、神様は一瞬で移動するのか、分身の術を使っていらっしゃるのですか」と質問を受けますが、神様は宇宙全体にいらっしゃいますので、地球は米粒よりも小さく見えます。

常に意識が色々なところにあると申し上げた方がわかりやすいと思います。私たちにはその意識が形として見えるのです。

ここ皆野町や吉田町もそうですが、そのほか蒔田に野巻などたくさんある椋神社ですが、どちらも日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征中に道案内をした猿田彦大神を祀ったと言うのが始まりのようです。関東には日本武尊様を祀った神社が多く存在し、それは軍事的な平定だけではなく、各地に神社や地名の由来を残す神話的要素の強い出来事でした。日本や神々の歴史を紐解いてみると、この日本が平和であるために先人たちがどれほど、苦労をし、血と汗を流したかしっかり勉強し、感謝しなければいけないと気持ちを新たにしました。

 

世界が平和でありますように。



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