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釧路湿原

更新日:2023年10月17日

秘書が北海道出身のため私は何度も北海道を訪れてきましたが、釧路空港を利用するのは今回が初めてです。羽田空港からのフライトは早朝7時45分、それを逃すと昼近くまでありません。どちらかと言うと夜行性の私ですが頑張って早起きしました。休日のため電車も座れるくらい空いていました。ラウンジでコーヒーを飲んでから機内に乗り込みました。地方空港へのフライトなので珍しくシャトルバス移動です。この辺りから感じたのですが外国人の姿が非常に多く見受けられます。コロナ禍も落ち着きをみせ、海外に出かける中でやはり昨今のアニメブームや数々のネット情報で日本に来てみたい海外の方が増えたのではないでしょうか。それも東京大阪などの大都会ではなく、今回の道東や離島にも多くの外国人が訪れていると聞いています。座席の周りも外国人のカップルだらけです。辺り構わずな熱々ぶりは日本人にとっては新鮮ですが、目のやり場に困ると言ったところでしょうか。


今回釧路空港を選んだのはやはり日本最大と言われている釧路湿原を訪れて以前訪問したサロベツ湿原との霊的な違いを肌で確かめたかったからです。


釧路空港を利用するのは初めてでしたが、地方空港と言う事でやはりこじんまりとした印象を受けました。2階にレストランとラーメン屋さん、一階にはラウンジとお土産屋さんがあります。いつのまにか「たんちょう釧路空港」と言う名称がついていてびっくりしました。空港玄関に丹頂鶴のモニュメントがあったようですが、別の出口から出たので気づかずに木彫りの熊さんと写真を撮りました。



釧路湿原は北海道釧路平野に位置する日本最大の湿原です。面積は2万6000haで、このうち中心部の7863haがラムサール条約登録湿地です。ラムサール条約とは湿地の保存に関する国際条約です。釧路湿原国立公園としての区域は2万8788haです。(Wikipediaより)

2万6000haと言われてもピンときませんが東京ドームに換算すると約3,900個分と言われています。

余計にわからなくなりますね。


秘書がレンタカーのナビで「釧路湿原」を検索し出発したのですがあまりにも広すぎてどこに向かっていいかも分からず、そのまま突き抜けてしまうところでした。私が「釧路湿原展望台」と検索するよう指示をし直してからかなりの距離を戻りました。30分ほど時間をロスしたのち展望台に着きました。

「釧路湿原展望台」は湿地に生息する「谷地坊主」(やちぼうず)をモチーフとした古風な西欧の城を思わせる建物で昭和59年1月にオープンしました。三階建ての建物で一階にレストランや土産物、二階に湿原の動植物を復元した展示室、三階と屋上は展望台で屋上からは釧路湿原のパノラマをを360℃眺める事ができます。

集中して湿原を見たところ、東南の方角は街の工業地帯になっていて清まるどころかかなり汚染されています。北の阿寒岳方面は浄化された空気が残っていますが人も立ち入ることができない原野になっています。あとは何もない湿原が広がっています。

ですのでサロベツ湿原のような強力な浄化された気が出ていると言う訳ではありませんでした。

なぜ浄化された綺麗な気が良いのでしょうか。

私たちの肉体に宿る霊は非常に電気に似た構造となっております。ゴミや埃が纏わりつきやすくすぐに汚れてしまいます。サロベツ湿原から噴き出す清らかな気の波動はその汚れを消し去り霊を綺麗な状態にしてくれます。そうすることで魂側へのアクセスがより迅速に行われるのです。神社仏閣からも同じように浄化された気が出ていますが、サロベツ湿原はその規模も力も桁違いです。

霊的に覚醒された偉人が浄化された土地を発見しそこに神社を建立するケースが多いようです。秩父では日本武尊(やまとたけるのみこと)が宝登山神社も三峰神社も造られました。私ならサロベツ湿原にお社を建立するでしょう。もちろん神社を維持するためには資金を調達するためアクセスを考えて利便性の高い場所を選ばなければいけないですし、御神体の移動や分霊等正式な儀式を経なければいけないので簡単にはいきません。サロベツ湿原には近くに抜海神社もありますのでそちらに参拝させていただきパワーを受けていきたいと思います。

また私もこれから日本の各地を巡り浄化されたパワーのある土地や神社仏閣を発見し皆さまにお知らせしていきたいと思っています。




サロベツ湿原は雪解け水や雨水で形成される「高層湿原」ですがここ釧路湿原は80%が周囲より水が流れ込む「低層湿原」となっております。一般的に低層湿原から中間湿原を経て高層湿原へと変化し最終的には陸地となります。釧路湿原は堆積と地盤沈下のバランスが絶妙に取られている地域と言えるわけです。それではなぜ釧路湿原は気の流れがそれほど清らかではないのでしょうか。ネットで見たのですが2007年の記事によると酪農学園大(江別市)寺岡教授の研究で1958年から77年までに剥製になったタンチョウから動物園などで育った物の5-10倍の水銀が検出されていたそうです。教授は「北海道の道東で食べる餌が汚染されていた可能性が高まったが、汚染源についてはわからない。原因特定を続けていく」としています。また酸性雨ならぬ酸性霧が発生する事により汚染のスピードが早まったと思われます。更には2023年2月27日の北海道新聞デジタルによると釧路湿原国立公園周辺に昨年末時点でメガソーラー発電所12施設建設されている事がわかったそうです。湿地帯を埋め立てたり、除草剤を散布するために絶滅危惧種のキタサンショウウオ生息域減少が懸念されているそうです。パネルが故障するとカドミウムなどの有害物質が漏れ出したり、約20年の耐用年数後は仮に放置したりすると多量の有害物質が公園内にも流れ込む可能性があるとしています。


では釧路湿原は立ち寄る意味が無かったのかと言うと、そうではなくとても有意義な体験でした。

官民あげて環境保護に取り組む様子が見られました。特別天然記念物のタンチョウやマリモ、国指定天然記念物のオオワシ、オジロウワシ他絶滅危惧種が多数生息していることから道東全体が自然の保護保全の対象区域と言っても過言ではありません。野生動物と人間の共存に対する道民の意思の高さは随一です。

国も釧路湿原の環境問題に取り組んでおります。北海道は2050年までの長期計画を策定しています。目標はカーボン(炭素)の排出をゼロにする事です。ゼロカーボンに取り組む事業者に融資をしたりしています。それにともない釧路市は令和3年に「ゼロカーボンシティ」を宣言しやはり2050年までの取り組みをし、令和4年に釧路湿原を「ゼロカーボンパーク」として登録しました。ゼロカーボンパークとは、国立公園における電気自動車等の活用、公園内に立地する施設による再生可能エネルギーの活用、地産地消の取り組みにより公園内の脱炭素を目指すと共に脱プラスチックも含めたサステナブルな観光地作りを目指すエリアです。日光、伊勢志摩、妙高、支笏湖、尾瀬などが登録されています。

釧路湿原では

①炭素球吸収源としての湿原及び森林の保全•再生 ②ペットボトル再生やマイボトル利用による脱炭素③自然再生事業(水草刈取など)を観光に取り込み収益還元化しサステナブルな観光地づくりをする

④生態系維持のために不可欠なエゾシカを活用したメニューをレストランで提供する等食に関してもサステナブルな観光を目指す

などを取り組んでいます。

そう言えば今思い出したのですが、展望台のレストランでエゾシカ肉のスープカレーがあって何でだろうと思ってたのですが、このような取り組みがあった上でのメニューだったと気づきました。


環境問題の解決を考えるうえで参考になるのが

アイヌ民族をはじめとする先住民族の考えです。

アイヌ民族は近世に北海道、東方北部、樺太、千島列島に暮らしてきた人たちで独自の語源や文化を持った海洋民であり日本の先住民族です。「アイヌ」と言う言葉は日本語で「人間」を意味するそうです。

厳しい自然環境の中で自然界全てのものに感謝し、無理をせず無駄を省き自然の恵みを活用してきたアイヌ文化。そこには現在の私たちが抱える問題を解決するヒントや学ぶべき自然と共存する暮らし方が残されています。


日本文化の温故知新から学び日本人のサステナブルな生き方の知恵を現代のライフスタイルに取り入れるコラム「NIPPON温故知新」

その中で「明治政府が誕生するまで北海道では狩猟•漁猟•採集を主とした独自のアイヌ文化が中心でした。アイヌ文化の根本的な考え方は『自然界全てのものに魂が宿る』という事です。動物や植物、さらに火や水や生活用具、全てのものにカムイ(神)が姿を変えて人間の世界に居ると敬ってきました。

屈斜路湖周辺にはアイヌの集落『コタン』がたくさん存在していました。明治時代になると、政府は北海道の開拓を進めアイヌの人たちは漁労や狩猟を禁止され、縄文時代から続くライフスタイルを奪われてしまいました。そのため釧路川源流では産卵に戻ってくる鮭はあまり見られなくなり、山では鹿が増えすぎてしまったそうです。先住民の方は『人間が(自然と共存する)生活から離れてしまい、今もまだ続く自然破壊、大量生産、大量消費、大量破棄の現実に目を向けなければ根本的な解決には向かわずに今度は別の資源がなくなることの繰り返しになるでしょう。何かを食べちゃいけない、食べるべきだと言う偏った選択肢ではなく『自然と共存する』マクロ的な選択肢で食べ方を選ぶ事が大切です。

アイヌの集落で日常的に老若男女と接するうちに『どう生きるべきか』を学び遊びながら魚狩猟、植物採取、道具の作り方など、生きるために必要な技術を身につけたといいます。子供の頃から自分が大人になった時にどうすべきかを考え、自分が大人になった時に次の世代に同じように伝えていく、まさに持続可能な社会なのです。アイヌ文化や先人たちの暮らしの知恵に目を向けると、先祖代々続けられてきた自然と共存する営みの中に、現代の私たちに今必要とされている持続可能な社会作り、暮らし方のヒントが沢山あります」(守岡実里子『NIPPON温故知新』コラムより)


その後車を走らせ屈斜路湖に着きました。その昔は「アイヌコタン」がたくさん存在していた地域です。20年前に訪れた時はクッシーと言うネス湖のネッシーを模した名称のUMA(未確認生物)を前面に出した神秘的な雰囲気でしたが、今回は家族連れのキャンプ客が多く見られ北海道らしいアウトドアリゾートの様相を呈していました。しかしその先の川湯温泉の光景を目にして驚きました。その昔訪れた時は有名な温泉地で、飛び込みで宿泊先を探したもののどこも満室でかなり苦労をしましたが、現在は廃業した温泉旅館跡地だらけのゴーストタウンと化していました。2005年に知床が世界遺産に登録されると阿寒と知床の中間に位置する川湯温泉は旅の目的地から通過点となってしまい、その後の東日本大震災そしてコロナ禍と不運が重なったようです。

川湯温泉は阿寒摩周国立公園内にあり管理する環境省が廃業したホテルを解体•撤去し、跡地に進出する宿泊業者を公募した結果、星野リゾートが名乗りをあげ寂れた川湯温泉のイメージアップを測ると報道されていました。開発と聞くと地場の産業の活性化への期待と共に前述した環境への影響がまたしても気になるところです。以前訪れた石垣島の星野リゾートでは周りの環境を守るべく様々な取り組みを行なっていました。日本初の「エコツーリズムリゾート」を目指し、使い捨てアメニティの提供やペットボトル飲料の販売もやめ、同じ絶滅危惧種である「イリオモテヤマネコ」を始めとした天然記念物などの観測や痕跡ツアーなどで島の自然を関心を持つ人達と協力したりしていました。ですのでそのノウハウを活かして北海道の自然を護りながら「タンチョウ」「マリモ」などの絶滅危惧種の保護活動に取り組んでいただけると期待しています。




宿泊先は阿寒湖にあるホテルにしました。阿寒湖の畔にも「阿寒湖アイヌコタン」があり36戸約120人が今なお暮らしています。ヒグマや鳥、人間など題材とした木彫り作品は独自のアイヌ芸術として世界から高い評価を受けています。また伝統ある「アイヌ古式舞踊」は祖先から伝承されてきた貴重な遺産として北海道唯一の、国の重要無形民俗文化財に指定されています。夕食後にはアイヌシアターで「アイヌ古式舞踊」「人形劇」「イオマンテの火まつり」などの伝統芸能が上映され、またお土産屋として二十数店の民芸品店でそれぞれ個性を競っています。その中の一つでとても可愛いフクロウのキーホルダーを目にしました。皇室関係の方も買われたという色とりどりのフクロウは作成する職人が高齢のためあと数年しか販売されないとの事でした。ここでも文化を継承する難しさを感じました。

全国の湿原の約2割を占める釧路湿原を持つ北海道道東です。タンチョウやオジロワシなどの鳥類やキタサショウウオなど昆虫類を合わせて1,400種類の貴重な野性生物の生息地になっています。

六千年もの歳月をかけて作られた貴重な生態系を我々の代で終わらせる事のないように私たちも考えていかなければいけないと思いました。安易に訪問して楽しみましょうとは言えませんが、環境問題をより身近に考え地球全体を護る意識を持つきっかけになればと思っております。

以前の勉強会でもお話ししましたが、私たちの修行の場である地球を大切に護っていかないと私たちの生まれ変わりのシステムそのものが働かず霊的成長どころか魂の存在さえ危ぶまれてきます。

国や省庁に頼るだけではなく今こそ私たち一人ひとりがご自身と向き合いこれからの生き方を見なおし、地球の未来を守るために行動を起こす時期に来ているのではないでしょうか。


世界が平和でありますように。


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