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四萬部寺

更新日:2月2日

四萬部寺(しまぶじ)


昨年6月の末に慈眼寺に参拝させていただいてから視力がかなり良くなったのですが、参拝させていただいた時、山門の看板に「日本百番霊場 秩父札所十三番 旗下山慈眼寺」と書かれているのに気がつきました。

十三番と言う事は他にも色々あるのだと思い調べたところ、以前「美の山公園」に向かう時に間違えてしまった道をそのまま進むと1番目の札所がある事を知り、8月に入ってから参拝させていただきました。いつもは平日ですんなりと花園インター出口から出られるのですが、その日はかなり手前から渋滞していて、夏休みに入った途端にこんなにも混み合うのだと驚きました。「夏休みになる前にいらっしゃい」と仰っていただいた三峰神社、日本武尊のお言葉を思い出して改めてお心遣いに感謝致しました。

道路を進んでいくと次第に細い一本道となり、不安な思いに駆られた頃曲がり角の先に歴史のありそうな建物が、真っ青な夏空を背景に描かれた絵画のように目に飛び込んできました。「旅籠一番」(はたごいちばん)と看板に書かれていました。江戸時代から札所一番である、このお寺の宿泊房として栄えてきたそうです。落ち着いた暗い色合いの格子戸と、屋根瓦と白い漆喰の壁が絶妙なバランスを保っています。背筋がぴんと伸びて姿勢の良い建物だと感じました。旅館の反対側に「誦経山四萬部寺」(ずきょうざんしまぶじ)と書かれた駐車場の看板がありました。



四萬部寺(しまぶじ)は、妙音寺(みょうおんじ)とも呼ばれる誦経山(ずきょうざん)曹洞宗のお寺です。永年2年(988年)性空上人(しょうくうしょうにん)の弟子幻通が四万部の経典を読経し経塚を築いた事が名前の由来になったと言われています。

四萬部寺は、秩父三十四ヶ所観音霊場の一番目の札所になります。秩父三十四ヶ所観音霊場(秩父市、横瀬町、子鹿野町、皆野町に点在)は西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所(鎌倉出発関東七県に点在)と共に日本百番観音に数えられています。

観音様は、様々に形を変えてその数33と言われています。最後に登場した秩父を34ヶ所にする事で全国合わせて100ヶ所の霊場にしたと言われています。秩父札所は文暦元年(1234年)に開創され室町後期にはかなり認知されるようになり、江戸時代には観音信仰が庶民の心の支えとして親しまれた上に、江戸から比較的近いことから盛んに人々が訪れていたそうです。

数字が入ると聞き思い浮かぶのが「四国八十八ヶ所」ですが、こちらは山岳信仰などに由来し、海辺や山中で苦行する道を弘法大師とともに歩く修行の旅であり、西国三十三ヶ所は観音菩薩の慈悲に触れる巡礼で、「遍路」とは呼ばないそうです。坂東・秩父などの国内の多くの観音霊場は、近畿、岐阜までの旅が叶わない人の為に写し霊場として作られたものであると記述されています。

駐車場に車を停めお寺の境内に入ったのですが、裏手から入ってしまいました。山門は先ほど通った狭い曲がり角のなかなか気がつかない場所にあります。一度山門まで戻って入り直しました。


重厚感のある山門は開山当時、仁王門として名を馳せ江戸時代の名家、歌川広重も描いていましたが、明治23年に門前の旅籠の火災で焼失、昭和5年に地元の旧家の門を移築したものと言われています。



山門をくぐり手水舎で清めるとその先にパワースポットがぎっしりと並べられていました。

昔は実際にこの上で坐禅を組む人がいたと言われている「坐禅石」に、四萬部寺の起源にちなんで一般から募った写経四万部が納められている「納経蔵」、回す事でご利益が得られると言われている「功徳石」、経塚(経典を地中に埋納した塚)の御本尊として祀られていましたが、明治時代に突然行方不明となり、70年後に銀座の美術展で発見された「お里がえりのお釈迦様」生まれ年ごとの「十二支守本尊」など所狭しと並べられております。

そうして、いよいよ本堂(観音堂)です。

手前にある線香立てで線香を上げさせていただきました。着火式ライターの電池が無く線香に火が灯らないと思っていたらガスバーナーのスイッチのようなものがあって押すと勢いよく炎が吹き出しました。ここだけハイテクな感じがして少しビックリしました。

本堂の前で鐘を撞き参拝させていただきました。

本堂は1696年(元禄10年)唐破風(からはふう-丸みを帯びた屋根の耕造)の向拝(こうはい-神社の屋根の張り出した部分)を配した入母屋造り。秩父の名匠、藤田徳左衛門の作で秩父霊場唯一の埼玉県指定有形文化財となっています。

欄干部分右には「地獄之図」左には「極楽之図」が彫刻されています。



心がしんと静まるのは慈眼寺と同じですが、柔軟剤で包まれているような柔らかな心地がしてきました。

慈眼寺と同じ曹洞宗のお寺で観音様をお祀りしていますが、やはり感じ方に違いがあります。

その訳は後で納経所に寄ってわかりました。

本堂の中には「賓頭盧尊者」(びんずるそんじゃ)の像が安置されています。お釈迦様の弟子で「なでぼとけ」としても有名です。撫でると参拝者の悪い箇所を治すと言われています。奥には「お助け観音様」がいらっしゃいます。物資の乏しい第二次世界大戦後に苦労して鋳造した仏師が精根尽きて生死の淵を彷徨った時に助けられたのは、まさに仏師が鋳造した観音様だったと言うエピソードがあります。

ご本尊の聖観世音菩薩様は厨子(ずし)(御本尊さまやご位牌を安置する仏具)に安置されているそうです。

本堂(観音堂)の右手には「施食殿」(せじきでん)があります。四阿風舞台作り(あずまやふうぶたいつくり)(四方に軒を下ろした舞台で使うような建物)で江戸末期に移設されたそうで中には地蔵尊が安置されているそうです。お堂では毎年8月24日に大施食会が催され、先祖や万物の諸精霊が飢え苦しまないよう経を読み供養すると言う法会が開かれているそうです。

四萬部寺 (妙音寺)の施食会は500年余の歴史がある伝統行事であり、杉戸、永福寺の「どしょう施餓鬼」とさいたま市、玉蔵院の「大施餓鬼」と共に関東三大施餓鬼(かんとうさんだいせがき)にも数えられているそうです。施餓鬼とは法会(ほうえ)(人を集めて説法する行事)の一つで、飢え苦しむ生類(しょうるい)や弔う者のない死者の霊に、飲食物を与えて経を読む供養の事だそうです。その昔には30俵の米を炊き、信者だけでなく周りの貧困者にも施しをしていたそうです。

施餓鬼をするためのお堂は他に類を見なく、大施食会では宗派を超えて僧侶が集まり読経供養と共に中央の八角輪蔵(はっかくりんぞう)が回転するそうです。

参拝を終え納経所で御朱印を求めました。手書きの絵がどれも違っていてとても美しく思わず声に出して感嘆していたら「そう言っていただけると嬉しいです。わたしが描いたんです」と年配の方がおっしゃいました。着物はお召しになっていませんでしたが、威厳よりも素朴な優しさが滲み出て本堂で参拝した時に感じた柔軟剤のような柔らかさを感じました。その方こそ四萬部寺のご住職だとすぐにわかりました。とても丁寧に秩父三十四箇所のご案内と地図をいただきとても温かい気持ちになりました。しかし気がかりだったのが本堂の老朽化です。秩父霊場唯一の有形文化財にも関わらず柱や壁は所どころ色が褪せて削られています。また屋根の雨漏りもあるらしく本堂前に「銅板志納のお願い」と住所氏名を記した封筒を置き、志しを賽銭箱に入れる旨のお願い看板が掲げられていました。私たちができる範囲で守っていかなければいけないと思いました。心を込めて大切に参拝させていただく、落書きや粗末な扱いはもっての外ですが、境内のあちらこちらに貼られている人の名前を書いたシールも少し残念な気持ちになります。歴史ある文化や建物を私たちの台で途絶えさせる事のないように大切に後世に伝えていきたいと思いました。


これを書いてから1か月後、私の誕生日に不思議な事が起こりました。

事務所のリビングの長椅子で横になった時、視線は奥にある本棚でした。ふと四萬部寺の観音様を思い浮かべました。その時本棚のあたりがキラキラと輝いて、濃い本の色合いから白抜きのように文字が浮かび上がってきました。どうもいつも慣れ親しんでいるような文字ではありません。卒塔婆に書かれている記号のような文字です。私は起き上がってすぐに調べました。サンスクリットや梵字のようで、「D」の文字を左右反転させた感じの文字です。



お客様であり一緒に平和祈願を行う同志でもある真言宗脩徳寺ご住職の有坂脩岳様に色々と調べていただきました。とても詳しく時間をかけて調べてくださり、有坂様にはこの場をお借りして深く御礼申し上げます。

梵字は古代インドで誕生し、仏教と共にアジアに広がりました。「仏様を一字で表す文字」として中国を経て日本に伝わり空海によって体系化されたと言われています。

有坂様が四萬部寺のご住職に伺ったところ、曹洞宗では陀羅尼(だらに-仏教において用いられる呪文の一種『Wikipediaより』)は通称「大悲」と称して「大悲心陀羅尼」をお唱えすると言う事でした。なので私に現れた梵字(種字)は「大悲心陀羅尼」を意味するのではと言う事でした。この陀羅尼には全ての悪鬼に打ち勝ち、迷いの世界を浄化する力があるとされているそうです。


そして11月の末に久しぶりに秩父に伺った際に、宝登山神社から聖神社、そして四萬部寺へと参拝させていただきました。本堂で参拝後に秘書から「梵字は見えましたか」と聞かれ振り返った時に、紅葉の樹々の中に夕陽が差し込み、それを背景にあの梵字がさらに大きく本堂から浮かび上がってきました。夕日を浴びて金色に輝く梵字はこの世のものとは思えないほど美しかったです。



そしてやはり仏閣の仏様は神社の神様と違いとても物静かです。鹿島神宮の武甕槌大神のように突然に霰を降らせたり、三峰神社の日本武尊のように眷属の狼を遣わせたり表立った行動は一切なさらずに、ただ慈悲に満ちた表情で佇んでいらっしゃいます。または今回のように梵字で存在を知らしめてくださいます。


直接お声ではなく梵字を通してのメッセージと言うのは初めての事ですので、私もこれから色々と体験しながら学び、みなさまにお伝えする機会をいただけましたらとても幸いに存じます。


世界が平和でありますように


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